医学書

アセトン血性嘔吐症/ケトン血性低血糖症

[受診のコツ]

発症頻度:★★(時々、しばしばみる)
初診に適した科:小児科
初期診断・急性期治療に適する医療機関:外来診療所/小中規模病院
安定期・慢性期治療に適する医療機関:外来診療所/小中規模病院
入院の必要性:重症度や症状により必要
薬物治療の目安:急性期や合併症予防のために短期的に使用
手術の可能性:なし
治療期間の目安・予後:治療期間が中~長期(数ヶ月~数年)に及ぶことが多い
診断・経過観察に必要な検査:血液・尿
その他必要な検査:その他()
※受診のコツは、典型的なケースを想定して総監修者・寺下謙三が判断したものです。実際のケースでは異なることがありますので、判断の目安としてお役立てください。なお、項目はあらかじめ全疾患を通して用意された選択肢から判断したものです。

[概説]

 本症は2~8歳のやせ型体質の神経質な子どもが感冒や精神的ストレスにより食事を摂取できなくなることにより発症する病態です。男児が多いことが特徴です。食事からの糖の補給がないことにより、低血糖とケトーシスをきたして元気がなくなり嘔吐を発症します。食事からの糖の補給がないと、肝に貯蔵されているグリコーゲンはブドウ糖に変換されて使用されます。しかし、その代償機能は数時間しか維持できず、すぐにグリコーゲンは枯渇(こかつ)します。そこで、筋タンパク(糖原性アミノ酸)が動員され分解されてアラニンとなり、さらにピルビン酸を経てブドウ糖に分解され、低血糖防止のための調節機能が働きます。一方、空腹時にはグルカゴン、絶食時には副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)により脂肪は分解され、脂肪酸とグリセリンとになります。脂肪酸は肝臓でケトン体(アセト酢酸と3-ヒドロオキシ酪酸)に変換され、筋や脳でのエネルギー源として使用されます。低血糖や血中のケトン体の増加は本症に認められる症状の原因となります。

[症状]

 低血糖や血中のケトン体の増加により悪心(おしん:むかつき)や嘔吐、脱力感、全身倦怠感、無表情、会話の停滞、集中力減退、速脈、顔面蒼白(そうはく)、歩行障害、嗜眠(しみん)、意識混濁(こんだく)などがみられます。かぜをひいたり精神的緊張状態が続いて食事が十分とれないことが引き金となります。

[診断]

 臨床症状と尿中ケトン体の測定により本症を疑います。年齢、髄膜刺激症状がみられないこと、生来の神経質な体質とやせがみられたこと、発症直前にストレスや感冒がみられることなども診断の助けとなります。本症はしばしば繰り返すため、親が正しく診断できるようになっていることが少なくありません。

[標準治療]

 適切な診断と数日間の補液により嘔吐は改善します。数日間の入院治療が原則です。

●標準治療例
 嘔吐発作が治まるまでは安静にして経口摂取を禁止します。輸液で失われた水分と電解質を補充して末梢循環を改善させるとともに、ブドウ糖を補給して細胞代謝を改善させケトーシスを補正します。以前はコーヒーのような液を吐くほどの重症患者がいましたが、最近では軽症患者がほとんどで、患者数も減少しています。周期性ACTH-ADH放出症候群は、重症のアセトン血性嘔吐症と極めて類似している病態です。抗けいれん薬・抗不安薬であるフェニトイン、ジアゼパム、バルプロ酸、抗うつ作用のあるイミプラミン、抗セロトニン受容体拮抗薬であるオンダンセトロンやクロルプロマジンなどが嘔吐発作回数の減少や発作軽減に有効です。通常のアセトン血性嘔吐症にはこれらの薬剤の投与は不要です。

[1]急速輸液
 ソリタT1を幼児1時間あたり200ml、学童1時間あたり300mlの速度で2~3時間、合計500~1,000mlを利尿がみられるまで輸液します。

[2]緩速均等輸液
 利尿後、血性ナトリウム値が130mEq/l以下ならばT2に、130mEq/l以上ならT2とし、24時間経過したらT3またはT3Gで維持輸液を行います。通常は48時間以上必要です。むかつき、嘔吐がなくなり、尿中ケトン体が陰性となり、経口摂取が可能となったら輸液療法を終了します。

[予後]

 嘔吐がなくなり食事の摂取ができるようになり、尿中ケトン体が陰性になれば退院することができます。小学校中学年になる頃には嘔吐発作が起きなくなります。その理由として、この頃には筋肉量が多くなるとともに、体重あたりのブドウ糖必要量が低下することによると推定されています。

生活上の注意

 小学校中学年になるまではストレスなどにより発作を繰り返します。精神的に支持することや、低血糖を起こさせないようにこまめに糖分を与えるなどの注意が必要です。
執筆者
五十嵐隆(いがらし たかし)
東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻小児科学教授/東京大学医学部附属病院小児科科長

【出生年】1953年
【出身校】東京大学(1978年卒)
【専門】小児科学
【得意分野】小児腎臓病
【外来日】木(午前・午後)。予約は必要。原則として紹介状が必要(ない場合もOK。ただし加算あり)。
【メモ】患者さんと親御さんにやさしく、ていねいに、説明はわかりやすくを心がけています。趣味は散歩、読書、B級グルメ。
【長所】親切、ていねい。
【短所】気が短いほう。
【引用・参考文献】
 総監修:寺下 謙三 家庭のドクター標準治療 日本医療企画