医学書

悪性黒色腫

[受診のコツ]

発症頻度:★(まれにみる)
初診に適した科:皮膚科
初期診断・急性期治療に適する医療機関:特殊専門病院・研究機関病院(大学病院)
安定期・慢性期治療に適する医療機関:特殊専門病院・研究機関病院(大学病院)
入院の必要性:原則的に必要
薬物治療の目安:病状、病期、治療方針により大きく異なる
手術の可能性:原則的に必要
治療期間の目安・予後:病気の進行度などにより治癒の期間・可能性が大きく異なる
診断・経過観察に必要な検査:血液/単純レントゲン/超音波検査(エコー検査)/CT検査/MRI・MRA/生検(細胞診を含む)/RI検査/PET検査/その他
その他必要な検査:その他()
※受診のコツは、典型的なケースを想定して総監修者・寺下謙三が判断したものです。実際のケースでは異なることがありますので、判断の目安としてお役立てください。なお、項目はあらかじめ全疾患を通して用意された選択肢から判断したものです。

[概説]

 メラニンをつくる細胞であるメラノサイトが悪性化した腫瘍(しゅよう)です。メラノサイト系の良性腫瘍がほくろ・黒あざ(色素細胞母斑〈ぼはん〉)(あざの項参照)ですが、色素細胞母斑から生じる悪性黒色腫もあります。その例として、先天性の巨大色素細胞母斑に悪性黒色腫が時に生じることがあげられます。しかし、比率としては色素細胞母斑から生じるものよりもメラノサイトから生じる悪性黒色腫のほうがずっと多いと考えられています。
 悪性黒色腫の大きな特徴は非常に転移を起こしやすいという点です。したがって、多くの悪性腫瘍の中でもとくに悪性度の高い腫瘍の1つとして昔から恐れられてきました。
 悪性黒色腫の発生頻度には人種差があり、白人が最も多く、以下、黄色人種、黒人の順になります。白人に多い理由は、メラニンの乏しい白い肌は紫外線の影響を受けやすいため、DNAに傷がつきやすいことが関係していると考えられます。したがって、悪性黒色腫に限らず他の皮膚悪性腫瘍も白人には高頻度に生じます。
 日本人の悪性黒色腫の特徴は、足の裏に多くみられることです。悪性黒色腫は、4つのタイプに分けられ、横に広がる時期が長く、遅れて下方に増殖していく表在拡大型、最初から下にどんどん増殖していく結節型、足の裏や爪の下にみられる末端黒子(こくし)型、そして顔面のしみのような色素斑からはじまる悪性黒子型です。この中で生命的予後がとくに悪いのは、結節型です。それは、悪性黒色腫の予後を左右する大きな因子は原発巣の厚さですが、結節型ではみつかった時点ですでに深くまで浸潤しているためです。実は、結節型も末端黒子型と並んで日本人に多い悪性黒色腫の型です。

[症状]

 典型的には、色調にむらのある不規則な形状の黒色病変としてみられ、平坦なものからしこりになっているものまで様々です。時に潰瘍(かいよう)を伴うこともあります。ただし、色がついていない悪性黒色腫(無色素性黒色腫)も存在します。

[診断]

 黒い病変をみた場合、悪性黒色腫を疑うポイントとしてABCDルールがあります。A(asymmetry):左右非対称、B(border irregularity):境界不規則・不鮮明、C(color variegation):色調のむら、D(diameter):径(大きさ)が重要です。結局、大きさと不規則性の総和が「腫瘍の顔つきが悪い」という判断につながっていることがわかります。
 黒い腫瘍の診断の助けになるのはダーモスコピーという手技で、痛みや傷の心配のない検査(非侵襲的検査)です。これは病変部にゼリーを塗ってレンズを当てて器械で拡大してみる検査です。拡大するだけではなく、ゼリーを塗ることで角質層の乱反射をなくすため、肉眼ではみえない表皮の下までの構造物が透過してみえます。悪性黒色腫の診断に大変役立ちます。
 多くの場合、悪性腫瘍の確定診断は生検による病理組織診断です。しかし、悪性黒色腫においては非常に転移を起こしやすい腫瘍であることから、生検は慎重に行います。臨床的に診断が明らかな場合は、多くは生検なしで手術を行います。臨床診断に疑念がある場合には生検を行いますが、その際、できれば切り込む生検(部分切除の生検)は避け、病変全体をとる生検(全切除の生検)が望まれます。生検を行ったあとは、2週間以内に根治的な手術を行う必要があります。
 原発巣の診断以外に、転移の有無を検査する必要があります。シンチグラフィ、超音波検査、CT、MRIなどを必要に応じて行います。

[標準治療]

 手術療法が基本です。原発巣の深さに応じて切除範囲を決めます。通常、病巣辺縁から1~3cm離して切除します。多くは植皮などで再建します。リンパ節転移が明らかな場合は、リンパ節廓清(すっかり取り除くこと)を行います。リンパ節転移がはっきりしない場合は、原発巣の深さに応じて予防的にリンパ節廓清を行うかどうか決めます。最近はセンチネルリンパ節といって、原発巣からのリンパが最初に流れ込む所属リンパ節を色素の注射などによって見きわめ、そのリンパ節を生検して組織学的に転移があれば廓清を行い、転移がなければ廓清を行わないという方法も行われています。
 早期の悪性黒色腫以外は、多くは手術後に予防的に化学療法を行います。転移巣が明らかに残存する場合は化学療法が主たる治療法となりますが、有効率は高いとはいえません。放射線療法は通常の方法では効果は期待できません。

●標準治療例
1)転移が明らかでない場合
 [1]原発巣の厚さが1.5mm以下:1~2cm離して切除
 [2]原発巣の厚さが1.5~4mm:2~3cm離して切除、一部の例で予防的リンパ節廓清、術後化学療法(DAV-Feron療法:DTIC+ACNU+Vincristine静脈内注射、Feron局部注射)
 [3]原発巣の厚さが4mm以上:3cm離して切除、予防的リンパ節廓清、術後化学療法(同上)

2)明らかな所属リンパ節転移がある場合
 3cm離して原発巣切除、根治的リンパ節廓清、術後化学療法(同上)

3)所属リンパ節を超えた転移がある場合
 まず同上の化学療法、次いでシスプラチンを含む化学療法を順次選択(CDV療法またはDAC-Tam療法)

[予後]

 生命的予後は原発巣の厚さと相関します。早期例で手術を行えば予後は良好ですが、原発巣が厚い例は予後不良です。もちろん、所属リンパ節を超えて転移している例では予後は極めて不良です。

生活上の注意

 黒いしみやしこりをみた時に自分で針を刺したり、削ったりはしないようにして下さい。
執筆者
土田哲也(つちだ てつや)
埼玉医科大学皮膚科学教室教授/埼玉医科大学病院皮膚科診療科長

【出生年】1953年
【出身校】東京大学(1978年卒)
【専門】皮膚科
【得意分野】膠原病、皮膚腫瘍(ダーモスコピー診断を含む)、皮膚アレルギー性疾患
【外来日】水(午前、初診、予約なし、紹介状はあればベターです)、水(午後、予約再診)、金(午前、主に予約再診ですが、初診の方も診察させていただいています)
【メモ】患者さんご自身に、ご自分の病気をよく理解していただくよう努めます。
【長所】ていねいなこと。
【短所】外来でお待たせしてしまう時間が長くなることがあり、いつも気にしています。
【引用・参考文献】
 総監修:寺下 謙三 家庭のドクター標準治療 日本医療企画