医学書

(心的)外傷後ストレス障害および外傷性精神障害〈精神科〉

[受診のコツ]

発症頻度:★(まれにみる)
初診に適した科:精神科/心療内科
初期診断・急性期治療に適する医療機関:外来診療所/特殊専門病院・研究機関病院(大学病院)
安定期・慢性期治療に適する医療機関:外来診療所/特殊専門病院・研究機関病院(大学病院)
入院の必要性:重症度や症状により必要
薬物治療の目安:中~長期に及ぶことが多い
手術の可能性:なし
治療期間の目安・予後:治療期間が中~長期(数ヶ月~数年)に及ぶことが多い
診断・経過観察に必要な検査:その他
その他必要な検査:その他(心理テスト)
※受診のコツは、典型的なケースを想定して総監修者・寺下謙三が判断したものです。実際のケースでは異なることがありますので、判断の目安としてお役立てください。なお、項目はあらかじめ全疾患を通して用意された選択肢から判断したものです。

[概説]

 基本的には「トラウマ」と呼ばれる心の傷の後遺症で生じる精神障害です。この精神障害はベトナム戦争の帰還兵やレイプの犠牲者などが似たような心の後遺症を訴えることで注目されたもので、1980年につくられた新しいアメリカの精神科の診断基準であるDSM-III(「精神障害のための診断と統計のマニュアル」第3版)で初めて外傷後ストレス障害=PTSDの診断名が与えられました。その後、さらに心の傷の精神科的後遺症の研究が進むと、児童虐待のように1回こっきりではなく繰り返されるトラウマ的体験があると、PTSDとは別の様々な心の病が生じることがわかりました。人格障害や解離性同一性障害(多重人格)、あるいは身体化障害という体の訴えとして表される心の病などがそれです。
 最近は、これらの長期反復性のトラウマの後遺症を複雑性PTSDとか、外傷性精神障害と呼ぼうという考え方も強まっていますが、まだ正式に診断基準上は認められていません。なおトラウマとは心の傷という状態のことで、レイプや戦場という体験そのもののことではありません。
 このような心の傷を生む出来事のことをDSM-IV(「精神障害のための診断と統計のマニュアル」第4版)では、「外傷的出来事」(traumatic event)と呼んでいます。年間300万件の児童虐待が報告され、女性の9.2%が一生涯のうちにレイプ被害を受けるとされるアメリカでは、PTSDの生涯有病率は10%近いものと推定されていますが、日本でのデータははっきりしたものはありません。

[症状]

 PTSDについては、外傷的な出来事を経験した人が、次の3つのカテゴリーの症状を同時に満たす際にこの診断を受けることになります。1つは、フラッシュバックや悪夢や幻覚のような形での外傷的な出来事を再体験することです。2つ目は、想起不能や意欲の低下のような形で(外傷に関連した)刺激に対する持続的で全般的な反応性の麻痺(まひ)です。3つ目は、易刺激性や過度の警戒心、入眠困難という形の覚醒亢進(かくせいこうしん)状態です。
 この過敏性と鈍麻(どんま)という相反する症状が同時にみられることは、PTSDを診断する上で極めて重要な所見とされています。児童虐待などの後遺症である外傷性精神障害は、もっと幅広く、様々な形の精神障害が生じます。多重人格(正式な診断名は解離性同一性障害)、境界性人格障害、自己愛性人格障害などの人格障害、身体化障害、大うつ病およびうつ状態、パニック障害、摂食障害(とくに過食のあと嘔吐を繰り返す「ブリミア」と呼ばれるもの)、転換ヒステリーなどです。傷ついた人間の心がいかに様々な症状を呼ぶのかは、人間の想像を超えたものがあります。

[診断]

 DSM-IVでは、PTSDの診断基準としては下記のものをあげています(翻訳は高橋三郎らによる)。

1)患者は外傷的な出来事に暴露(ばくろ)されたことがある

2)外傷的な出来事が以下の1つ以上の形で再体験され続けている
 [1]出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起
 [2]出来事についての反復的で苦痛な夢
 [3]外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする――錯覚や幻覚を通じて
 [4]外傷的出来事に似たようなもの、それを象徴するものに暴露された場合に生じる強い心理的苦痛
 [5]外傷的出来事に似たようなもの、それを象徴するものに暴露された場合の生理的反応性(脈が速くなったり冷や汗をかくなど)

3)以下の3つ(またはそれ以上)によって示される外傷と関連した刺激の持続的回避と全般的反応性の麻痺
 [1]外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力
 [2]外傷を想起させる活動、場所または人物を避けようとする努力
 [3]外傷の重要な側面の想起不能
 [4]重要な活動への関心または参加の著しい減退
 [5]他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚
 [6]感情の範囲の縮小(たとえば、愛の感情をもつことができない)
 [7]未来の短縮した感覚(たとえば、仕事や結婚などを期待しない)

4)持続的な覚醒亢進症状で以下の2つ以上によって示される
 [1]入眠または睡眠維持の困難
 [2]易刺激性または怒りの爆発
 [3]集中困難
 [4]過度の警戒心
 [5]過剰な驚愕反応

5)障害の持続期間が1カ月以上

6)障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている

 その他の外傷性精神障害については、症状は多岐にわたりますが、アメリカの現状では、それぞれの精神障害の診断基準に従って診断がつけられ、それが何らかの心的外傷によるものと考えられた時には、PTSDという診断名と併記されることが多いようです。

[標準治療]

 以前は、催眠療法や精神分析療法などを通じて、患者さんの外傷的な記憶をはっきり認知させ、それを正常な認知システムや記憶システムと統合することを治療の目的としていたのですが、それによって偽りの記憶が生じたり、よけいに外傷的な記憶に苦しむ人が多くなるということが問題にされるようになってきました。
 最近では、苦しい記憶や生理反応があっても、それをセルフコントロールできるような行動療法的なアプローチ(不安管理トレーニング、系統的脱感作療法などのテクニック)が盛んに用いられ、実績をあげています。これは、他の外傷性精神障害についても通じるものとされています。
 薬物療法は、これまで不安症状や生理反応などに対症的に行われてきましたが、近年では選択的にシナプス内のセロトニン濃度をあげるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)が第1選択薬とされるようになってきました。かなりの人で再体験症状や過覚醒の症状に有効であるとされています。
 一方、不安を取り除くために用いられる安定剤は当座の症状を抑えることはできても、長期的にはそれほど効かないためにアメリカではあまり使われていません。

[予後]

 人格障害のようなたちの悪い外傷性精神障害に罹患(りかん)した場合の予後は、決してよいものではありません。しかし、1回限りの外傷的出来事によるPTSDの場合は、現状の症状が残るものは20%程度、さらに悪くなるケースは10%、完治するケースは30%で、残りの40%は軽い症状が残るとされています。今後の治療の進歩で、現状よりは予後がよくなることが期待できる精神障害の1つといえるでしょう。

生活上の注意

 基本的には標準治療に記した行動療法的アプローチに準じて、セルフコントロールのテクニックを使いながら、日常生活を徐々に充実したものにしていくという考え方が盛んです。家族側はなるべく支持的に接してあげるのが好ましいとされています。
執筆者
和田秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学教授/川崎幸病院精神科顧問/川崎幸クリニック

【出生年】1960年
【出身校】東京大学(1985年卒)
【専門】老年精神医学
【得意分野】高齢者の精神療法
【外来日】外来は火曜日です。完全予約制です。65歳以上の方に限ります。紹介状はあるほうが有り難いですが、なくても可能です(川崎幸クリニック)。
【メモ】趣味は映画鑑賞、ワイン。モットーは「自分を信じよ」です。
【長所】説明がわかりやすい。
【短所】患者さんが多すぎて十分な診療時間がとれない。
【引用・参考文献】
 総監修:寺下 謙三 家庭のドクター標準治療 日本医療企画