先生の声
母親の不安解消と「かかりつけ医」の役割

一般社団法人 仙台市医師会 理事/かわむらこともクリニック 理事長・院長 川村先生インタビュー

 東日本大震災から10年。
 一般社団法人 仙台市医師会 理事/かわむらこともクリニック 理事長・院長 川村 和久 先生に、震災から学んだ「かかりつけ医」について伺いました。


取材日:2021年3月4日
※ウイルス感染予防に配慮して取材しております。

下記にインタビューの内容をテキスト化しております。
動画が見難い場合は、下記のテキスト版でご覧ください。

この10年で小児科を取り巻く環境の変化は

 私のクリニックの周りでは、震災当時を思い出す状況はなかなかないです。ただ、震災の経験から学んだ大事なことは、正確な情報をかかりつけの患者さんに提供するということが一番重要であり、もう一つは、診療をいかに早く再開するか。この二つが当時は大きな問題となりました。
 特に「情報発信」の重要性は感じています。当医院の開業理念「お母さんの不安・心配の解消」で、お母さんとのコミュニケーションが重要と考えておりますが、そのためにも「情報発信」は非常に重要な役割と、今も引き続き考えて対応しています。

「かかりつけ医」からの情報提供で求められていることは

 東日本大震災以来、我々医師側から正しい情報を発信するという話をしましたが、それに対して患者さん達からは様々なリアクションがありました。
 「情報発信自体に有難さを感じている」「診療所を早く開けて診療してくれてありがたい」という反応が多くありましたが、それ以外に、我々に対しての励ましのメッセージが非常に多かったことを今も思い出されます。

 現在は、震災とは違って新型コロナウイルス(以下、コロナ)という大きな問題があります。コロナに関しても様々な情報がネット上に出回っており、親御さんはどうしても不安の要素を多く引き出して、自分の心に入れて悩んでしまいます。そういうことに対して我々医師は正しい情報を提供することが重要だと考えています。

 今回、コロナが流行した時に、当院では複数回のアンケートを行いました。コロナに対してどんな怖い思いを持っているのか、それからコロナのワクチンに対してどんな思いを持っているのかという内容です。アンケートの目的というのは、そのアンケートを通して正しい情報を伝えるということがもう一つの目的です。アンケートの、どの回答が何パーセントだった、ということが重要なのではなく、アンケートを取ることによって「本当はこうなんですよ」と正しい情報を提供することが重要だと考えます。

 私の活動の中の一つで、今から15年近く前から、小学校4年生に「命の大切さ」を伝える授業を10年以上続けています。仙台市の教育委員会と協力し合って協議会を立ち上げるなどの活動を行っています。
 医者と教育というのは、昔はあまり協業していませんでした。しかし今では、私が行っている性教育以外にも、がん教育、生活習慣病を予防する教育なども、医療機関と行政が協力し合いながら、子供たちの未来のために何かしら手助けできる事を探して活動しています。

「かかりつけ医」と「患者」のコミュニケーションで大切なことは

 患者さんには「先生にこんなことを聞いてもいいのか?」という気持ちが、どうしてもあるものです。以前インターネットの医療相談をしていた際、「かかりつけ医に、どうして相談を聞かなかったのか」と聞くと、2割の人が「勇気がなかった」という返事をしていました。つまり、それだけ患者さんが診察の場で医者に「ものを聞く」ことに、やはり少しハードルがあるようです。
 このように、その場で聞けない事を、いかにして引き出して答えてあげられるということに着目しました。そこで当院の場合は、患者さん専用メールのシステムを作り、SNSを通して患者さんと交流により、少しでも患者さんの不安・心配を解消する活動を続けています。

 仙台小児科医会と行政で、新しいアンケートを始めました。震災を契機に、子どもはどんな悪影響を受けているのか、保護者はどんなことがストレスになっているのかという、仙台小児科医会で始めたアンケートを仙台市の健診事業に導入してもらいました。そのアンケートを取ることで、親御さんとの話がしやすくなるという声が上がっています。

 例えば、現場の保健師さんが子どもの影響や保護者のストレスの話を聞きたくても、お母さんは言ってくれない。でもアンケートに書いて出していただければ、保健師さんはアンケート回答を見て「お母さんはこんな心配があるんですね」と会話できると、親たちはそこから話が出しやすくなります。

 震災時に「こころとからだの相談問診票」を作りましたが、親御さんの育児に対する様々な不安に関して、相談を受けるきっかけとして役立っています。震災の時に作った問診表が  この活動は次の世代に引き継がれるだけでなく、場合によっては同じような被災地でも役に立っています。実際、仙台市の検診担当者が熊本県に呼ばれて行った際に役に立ったという評価も受けました。
 震災からの復興の心のケアを目的にしておりましたが、現時点でも活動は続いており、多くの保護者達の役に立っているし、現場での保護者と担当者とのコミュニケーションにも役立っています。

 最近ではオンライン診療というものがございます。
 コロナの時期から、例えば電話だけでも、初診からでも良いとなってはいますが、現実的に電話とビデオ通話で、かかりつけ医との心のつながりが生まれるかというのはなかなか難しいと思います。
 当院では、かかりつけの患者さんとコミュニケーションを取るために、育児サークルを続けており、毎年クリスマス会をやっていました。2020年はコロナの状況を鑑みて、今回は一つの場所に集まって開催する形式は難しいとなりました。しかし、それで会自体が無くなってしまうことと、オンラインでも継続していくことのどちらが良いか考え、毎年の出し物と同じような形で50分程度の動画を作って、クリスマス会をオンライン配信しました。その動画のために、かかりつけの親御さんたちは、子どもたちの動画を提供してくれました。

 このようにオンラインではありますが、その前後の関わり合いのコミュニケーションは上手に工夫すれば保っていけますし、オンラインを使っても上手なコミュニケーションを続けていく工夫は必要だと思います。

「母親への精神的なケア」で大切なことは

 子どもを守るという立場は、母親ですよね。
 世の中、男女平等と言われていますが、やはり病気の時に面倒を看るのはどうしてもお母さんになってしまいます。そして母親は子どもを守るために、子どもの悪いところを拾い上げて心配しています。そういったことに対して客観的な立場でアドバイスをします。

 例えば、子どもが家ではぐったりして具合が悪かったが、病院に来たら、その子が動き回っている。そうすると母親は「家ではあんなに具合悪かったのに、いま元気なことがおかしい」と言います。
 「おかしい」と不安になる対象は、本来具合が悪かった事であって、いま元気に動き回っている事ではありません。このような見方をしてしまう母親に対して、我々医師がどのようにアドバイスを与えられるかがすごく重要なことだと考えます。
 医療というのは、治療して薬を持って帰ってもらう以外に、すごく重要なことは「安心」というものがその薬の袋の中に入っているかです。「安心」を持ち帰ってもらうことが我々の重要な役割だと思っています。

 お母さんたちは、極端なことを言えば、妊娠した段階から不安を持っています。
 生まれて目の前でぎゃーと泣いている子どもに対しての不安というのは、喜びも大きくなりますが、不安も大きくなります。それをケアしていくために何が大切かというと、やはり受診頻度です。2ヶ月から検診を受けて予防接種も何度も通い、アクセスの回数が多くなればなるほど、一般的にはお母さんの心も開かれてきて、慣れてくるものです。

 そういう意味では「かかりつけ医」の意味というのは非常に大きいです。自分の通常の生活の範囲の中に、いつでも相談できる医者がいる、その医者は様々な相談にも乗ってくれる、それがかかりつけ医です。心が繋がるような医療機関というのが理想的な「かかりつけ医」と私は思っています。

 お母さんと子どもは、瞳を通してお互いの心を見合っているもので、お母さんが不安な心境をしていれば必ず子どもにも伝わります。子どもが病気で苦しんでいるときにお母さんが不安だったら、子供は余計具合悪くなります。
 母と子は、お互いの健康はお互いが支えています。ただ子どもは弱いですから、子どもの健康のためには、親御さんが肉体的にも精神的にも健康であるということが大きな条件になると思います。

最後に

 大事なことは、子どもの病気や子供の発育・発達、そういうものに関しては、小児科医が力になれます。小児科医の多くは、どんなことを聞いてもアドバイスを差し上げることができるということを、もう一度考えていただいて、遠慮なくかかりつけ医の小児科医に困ったことがあったら何でも聞いて下さい。
 「お母さんの不安・心配解消」という当医院の理念ですが、これを患者さんに置き換えれば、どの医療機関でも患者さんの不安・心配の解消することが役割なので、やはり聞きたいことがあったら何でも聞いて下さい。
 それはすべての「かかりつけ」の本来の意味、医療の中での「かかりつけ」の意味ということを、我々も医師会としても考えておりますので、遠慮なく相談事があったら気を遣わずに聞いてもらえればと思います。

「親子で学ぶ、ヘルスケア~これからの10年に私たちができること~」

 2021年3月11日で東日本大震災から10年を迎えました。
 そこで減災情報の風化を防ぐため、また新型コロナウイルス感染症の流行による健康情報伝達の不足を懸念し、次世代を担う子供たちを持つ両親・家族を対象に、「親子で学ぶ、ヘルスケア~これからの10年に私たちができること~」をタイトルとした啓発キャンペーンを実施いたします。

 このキャンペーンは、東北大学病院、東北大学東北メディカル・メガバンク機構、仙台市医師会、仙台放送の共同事業として、2020年12月より宮城県内で各種プログラムを展開いたします。

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執筆者
仙台市医師会 理事、かわむらこどもクリニック 理事長・院長
川村 和久 先生
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